大判例

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最高裁判所大法廷 平成6年(行ツ)59号 判決

上告人

大阪府選挙管理委員会

右代表者委員長

原田孝

右指定代理人

増井和男

外一三名

選定当事者

被上告人

川副昭人

右訴訟代理人弁護士

山本次郎

畑良武

持田明広

密克行

選定者

菅正德

外一八名

主文

原判決を次のとおり変更する。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人増井和男、同鈴木健太、同青野洋士、同名取俊也、同石川利夫、同赤西芳文、同塚本伊平、同石田裕一、同竹中博司、同太田清一、同坂入冨士雄、同高木哲夫、同信本勉、同川端龍彦の上告理由について

一  議会制民主主義を採る日本国憲法の下においては、国権の最高機関である国会を構成する衆議院及び参議院の各議員を選挙する権利は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利であって、憲法は、その重要性にかんがみ、これを国民固有の権利であると規定した(一五条一項)上、一四条一項の定める法の下の平等の原則の政治の領域における適用として、成年者による普通選挙を保障するとともに、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって選挙人の資格を差別してはならないものと定めている(一五条三項、四四条ただし書)。この選挙権の平等の原則は、単に選挙人の資格における右のような差別を禁止するにとどまらず、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等をも要求するものと解するのが相当である。

しかしながら、もともと右にいう投票価値は、議会制民主主義の下において国民各自、各層の様々な利害や意見を公正かつ効果的に議会に代表させるための方法としての具体的な選挙制度の仕組みをどのように定めるかによって何らかの差異を生ずることを免れない性質のものである。そして、憲法は、国会の両議院の議員の選挙について、およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという制約の下で、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条、四七条)、どのような選挙制度が国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させることになるのかの決定を国会の広い裁量にゆだねているのである。したがって、憲法は、右の投票価値の平等を選挙制度の仕組みの決定における唯一、絶対の基準としているものではなく、国会は、正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由をしんしゃくして、その裁量により、衆議院議員及び参議院議員それぞれについて公正かつ効果的な代表を選出するという目標を実現するために適切な選挙制度の仕組みを決定することができるのであって、投票価値の平等は、原則として、国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。それゆえ、国会が具体的に定めたところのものがその裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り、それによって右の投票価値の平等が損なわれることになっても、やむを得ないものと解すべきである。

以上は、最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁、最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日大法廷判決・民集三七巻三号三四五頁(以下「昭和五八年大法廷判決」という。)、最高裁昭和五六年(行ツ)第五七号同五八年一一月七日大法廷判決・民集三七巻九号一二四三頁、最高裁昭和五九年(行ツ)第三三九号同六〇年七月一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇頁及び最高裁平成三年(行ツ)第一一一号同五年一月二〇日大法廷判決・民集四七巻一号六七頁の趣旨とするところでもあって、これを変更する要をみない。

二  憲法は、国会を衆議院と参議院の両議員で構成するものとし(四二条)、各議院の権限及び議員の任期等に差異を設けているが、その趣旨は、衆議院と参議院とがそれぞれ特色のある機能を発揮することによって、国会を公正かつ効果的に国民を代表する機関たらしめようとするところにある。右の二院制採用の趣旨を受け、参議院議員選挙法(昭和二二年法律第一一号)は、参議院議員の選挙について、衆議院議員のそれとは著しく趣を異にする選挙制度の仕組みを設け、参議院議員二五〇人を全国選出議員一〇〇人と地方選出議員一五〇人とに区分した。右のうち、全国選出議員については、全都道府県の区域を通じて選出されるものとしており、その結果、各選挙人の投票価値には何ら差異がない。一方、地方選出議員については、その選挙区及び各選挙区における議員定数を別表で定め、都道府県を単位とする選挙区において選出されるものとしている。そして、各選挙区ごとの議員定数については、憲法が参議院議員は三年ごとにその半数を改選すべきものとしていることに応じて、各選挙区を通じその選出議員の半数が改選されることになるように配慮し、定数は偶数としその最小限を二人とする方針の下に、昭和二一年当時の総人口を定数一五〇で除して得られる数値で各選挙区の人口を除し、その結果得られた数値を基準とする各都道府県の大小に応じ、これに比例する形で二人ないし八人の偶数の議員数を配分したものであることが制定経過に徴して明らかである。昭和二五年に制定された公職選挙法の一四条及び別表第二の議員定数配分規定は右の参議院議員選挙法の別表の定めをそのまま引き継いだものであり、その後、沖縄返還に伴って昭和四六年法律第一三〇号により沖縄県選挙区の議員定数二人が付加された外は、平成四年七月二六日施行の本件参議院議員選挙(以下「本件選挙」という。)当時まで右定数配分規定に変更はなかった。なお、昭和五七年法律第八一号による公職選挙法の改正により、参議院議員選挙について拘束名簿式比例代表制が導入され、各政党等の得票に比例して選出される比例代表選出議員一〇〇人と都道府県を単位とする選挙区ごとに選出される選挙区選出議員一五二人とに区別されることとなったが、議員定数及び議員定数配分規定には何ら変更はなく、比例代表選出議員は、全都道府県を通じて選出されるものであり、各選挙人の投票価値に差異がない点においては、従来の全国選出議員と同様であり、選挙区選出議員は従来の地方選出議員の名称が変更されたにすぎないものということができる。

右のような参議院議員の選挙制度の仕組みは、憲法が二院制を採用した前記の趣旨から、ひとしく全国民を代表する議員であるという枠の中にあっても、参議院議員の選出方法を衆議院議員のそれとは異ならせることによってその代表の実質的内容ないし機能に独特の要素を持たせようとする意図の下に、参議院議員を全国選出議員ないし比例代表選出議員と地方選出議員ないし選挙区選出議員とに分け、後者については、都道府県が歴史的にも政治的、経済的、社会的にも独自の意義と実体を有し政治的に一つのまとまりを有する単位としてとらえ得ることに照らし、これを構成する住民の意思を集約的に反映させるという意義ないし機能を加味しようとしたものであると解することができる。したがって、公職選挙法が定めた参議院議員の選挙制度の仕組みは、国民各自、各層の利害や意見を公正かつ効果的に国会に代表させるための方法として合理性を欠くものとはいえず、国会の有する立法裁量権の合理的な行使の範囲を逸脱するものであると断ずることはできない。憲法四三条一項は、両議院は全国民を代表する選挙された議員で組織すると定めるが、右規定にいう議員の国民代表的性格とは、本来的には、両議院の議員は、その選出方法がどのようなものであるかにかかわらず、特定の階級、党派、地域住民など一部の国民を代表するものではなく全国民を代表するものであって、選挙人の指図に拘束されることなく独立して全国民のために行動すべき使命を有するものであることを意味し、右規定が両議院の議員の選挙制度の仕組みについて何らかの意味を有するとしても、全国をいくつかの選挙区に分けて選挙を行う場合には、常に各選挙区への議員定数の配分につき厳格な人口比例主義を唯一、絶対の基準とすべきことまでを要求するものとは解されないし、前記のような形で参議院(選挙区選出)議員の選挙制度の仕組みについて事実上都道府県代表的な意義ないし機能を有する要素を加味したからといって、これによって選出された議員が全国民の代表であるという性格と矛盾抵触することになるということもできない。

このように公職選挙法が採用した参議院(選挙区選出)議員についての選挙制度の仕組みが国会にゆだねられた裁量権の合理的行使として是認し得るものである以上、その結果として各選挙区に配分された議員定数とそれぞれの選挙区の選挙人数又は人口との比率に較差が生じ、そのために選挙区間における選挙人の投票価値の平等がそれだけ損なわれることとなったとしても、先に説示したとおり、これをもって直ちに右の議員定数の定めが憲法一四条一項等の規定に違反して選挙権の平等を侵害したものとすることはできないといわなければならない。すなわち、右のような選挙制度の仕組みの下では、投票価値の平等の要求は、人口比例主義を最も重要かつ基本的な基準とする選挙制度の場合と比較して、一定の譲歩を免れないと解さざるを得ない。また、社会的、経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口の異動につき、それをどのような形で選挙制度の仕組みに反映させるかなどの問題は、複雑かつ高度に政策的な考慮と判断を要求するものであって、その決定は、種々の社会情勢の変動に対応して適切な選挙制度の内容を決定する責務と権限を有する国会の裁量にゆだねられているところである。したがって、議員定数配分規定の制定又は改正の後、人口の異動が生じた結果、それだけ選挙区間における議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差が拡大するなどして、当初における議員定数の配分の基準及び方法と現実の配分の状況との間にそごを来したとしても、その一事では直ちに憲法違反の問題が生ずるものではなく、その人口の異動が当該選挙制度の仕組みの下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせ、かつ、それが相当期間継続して、このような不平等状態を是正する何らの措置も講じないことが、複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき国会の裁量的権限に係るものであることを考慮してもその許される限界を超えると判断される場合に、初めて議員定数の配分の定めが憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。

以上は、昭和五八年大法廷判決の趣旨とするところでもある。

三  右の見地に立って、以下、本件選挙当時の公職選挙法の一四条及び別表第二の参議院(選挙区選出)議員定数配分規定(以下「本件定数配分規定」という。)の合憲性について検討する。

1 昭和五八年大法廷判決は、昭和五二年七月一〇日施行の参議院議員選挙当時における選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差1対5.26(以下、較差に関する数値は、すべて概数である。)について、いまだ許容限度を超えて違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするには足りない旨判示し、さらに、最高裁昭和五七年(行ツ)第一七一号同六一年三月二七日第一小法廷判決・裁判集民事一四七号四三一頁は、昭和五五年六月二二日施行の参議院議員選挙当時の最大較差1対5.37について、最高裁昭和六二年(行ツ)第一四号同六二年九月二四日第一小法廷判決・裁判集民事一五一号七一一頁は、昭和五八年六月二六日施行の参議院議員選挙当時の最大較差1対5.56について、最高裁昭和六二年(行ツ)第一二七号同六三年一〇月二一日第二小法廷判決・裁判集民事一五五号六五頁は、昭和六一年七月六日施行の参議院議員選挙当時の最大較差1対5.85について、いずれも、いまだ違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするには足りない旨判示している。しかし、その後も選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差は更に拡大の一途をたどり、原審の適法に確定したところによれば、平成四年七月二六日施行の本件選挙当時においては、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が最大1対6.59にまで達していたというのである。

前記のとおり、各選挙区への議員定数の配分につき厳格な人口比例主義を唯一、絶対の基準とすべきことまでは要求されていないにせよ、投票価値の平等の要求は、憲法一四条一項に由来するものであり、国会が選挙制度の仕組みを定めるに当たって重要な考慮要素となることは否定し難いのであって、国会の立法裁量権にもおのずから一定の限界があることはいうまでもないところ、本件選挙当時の右較差が示す選挙区間における投票価値の不平等は、極めて大きなものといわざるを得ない。また、公職選挙法が採用した前記のような選挙制度の仕組みに従い、参議院(選挙区選出)議員の全体の定数を増減しないまま選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差の是正を図ることには技術的な限界があることは明らかであるが、本件選挙後に行われた平成六年法律第四七号による公職選挙法の改正により、総定数を増減しないまま七選挙区で改選議員定数を四増四減する方法を採って、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の最大較差が一対4.99に是正されたことは、当裁判所に顕著である。

そうすると、本件選挙当時の前記の較差が示す選挙区間における投票価値の不平等は、前記のような参議院(選挙区選出)議員の選挙制度の仕組み、是正の技術的限界、参議院議員のうち比例代表選出議員の選挙については各選挙人の投票価値に何らの差異もないこと等を考慮しても、右仕組みの下においてもなお投票価値の平等の有すべき重要性に照らして、もはや到底看過することができないと認められる程度に達していたものというほかはなく、これを正当化すべき特別の理由も見出せない以上、本件選挙当時、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたものと評価せざるを得ない。

2 そこで、次に、本件選挙当時、右の不平等状態が相当期間継続し、これを是正する何らの措置も講じないことが、前記のような国会の裁量的権限に係るものであることを考慮してもその許される限界を超えていたと断定すべきかどうかについて検討する。

昭和六一年七月六日施行の参議院議員選挙当時における選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差が一対5.85であったことは前記のとおりであるが、その後の較差の拡大による投票価値の不平等状態は、右較差の程度、推移からみて、右選挙後でその六年後の本件選挙より前の時期において到底看過することができないと認められる程度に至っていたものと推認することができる。

ところで、憲法が、二院制を採った上、参議院については、その議員の任期を六年としていわゆる半数改選制を採用し、その解散を認めないものとしている趣旨にかんがみると、参議院(選挙区選出)議員については、議員定数の配分をより長期にわたって固定し、国民の利害や意見を安定的に国会に反映させる機能をそれに持たせることとすることも、立法政策として合理性を有するものと解されるところであり、公職選挙法が、衆議院議員については、選挙区割及び各選挙区ごとの議員定数を定めた別表の末尾に、五年ごとに直近に行われた国勢調査の結果によって更正するのを例とする旨の定めを置いていたのに対し、参議院(選挙区選出)議員の定数配分規定にはこうした定めを置いていないことも、右のような立法政策の表れとみることができる。そして、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が当該選挙制度の仕組みの下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度に達したかどうかの判定は、右の立法政策をふまえた複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき国会の裁量的権限の限界にかかわる困難なものであり、かつ、右の程度に達したと解される場合においても、どのような形で改正するかについて、なお種々の政策的又は技術的な考慮要素を背景とした議論を経ることが必要となるものと考えられる。また、昭和六三年一〇月には、前記一対五5.85の較差について、いまだ違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするには足りないという前掲第二小法廷の判断が示されており、その前後を通じ、本件選挙当時まで当裁判所が参議院議員の定数配分規定につき投票価値の不平等が違憲状態にあるとの判断を示したことはなかった。

以上の事情を総合して考察すると、本件において、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が到底看過することができないと認められる程度に達した時から本件選挙までの間に国会が本件定数配分規定を是正する措置を講じなかったことをもって、その立法裁量権の限界を超えるものと断定することは困難である。

3 上述したところからすると、本件選挙当時、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差等からして、違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態が生じていたものといわざるを得ないが、本件選挙当時において本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたものと断ずることはできないものというべきである。

四  原判決は、本件定数配分規定が本件選挙当時全体として違憲の瑕疵を帯びていたものというべきであるとしつつ、諸般の事情を総合考慮し、いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法三一条一項)の基礎に存するものと解すべき一般的な法の基本原則を適用して、選挙を無効にすることによる不当な結果を回避することもあり得るとの法理に従い、選挙自体は無効とせず、本件請求を棄却した上、大阪府選挙区における本件選挙が違法である旨を主文において宣言したものであるが、原判決は、前記判示と抵触する点において失当であり、その限度において変更を免れない。

以上の次第であるから、原判決には、憲法の解釈、適用を誤った違法があり、本件上告は、その限りにおいて理由があるから、原判決を変更して、被上告人の請求を棄却することとする。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、九六条、八九条に従い、裁判官園部逸夫の意見、裁判官大野正男、同高橋久子、同尾崎行信、同河合伸一、同遠藤光男、同福田博の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官園部逸夫の意見は、次のとおりである。

私は、原判決を変更し、被上告人の請求を棄却すべきものとする多数意見の結論には同調するが、その理由を異にするので、以下、私の意見を述べることとする。

最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日大法廷判決・民集三七巻三号三四五頁は、参議院議員の定数配分規定の定め方について、厳密な意味での人口比例主義を基本とするものではないとし、衆議院議員のそれに比べて国会の裁量の余地を広く認める趣旨の判断をしている(最高裁昭和五六年(行ツ)第五七号同五八年一一月七日大法廷判決・民集三七巻九号一二四三頁の中の中村治朗裁判官反対意見参照)。

私は、右大法廷の判断は、参議院議員の選挙制度のうち、衆議院議員の選挙制度と異なる部分がある場合に適用されるべきもので、衆議院議員の選挙制度とその趣旨において同一の部分については、最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁に示された、憲法上要求されている投票価値の平等に関する判断が妥当すると考える。

私は、二院制の特色を活かすために、国会の政策として、参議院の構成及びそれに必要な選挙制度を衆議院のそれと異なったものにすることは、憲法四三条一項、四四条ただし書及び四六条の規定に反しない限り、許容されると考えるものである(憲法四七条)。したがって、国会が、参議院議員選挙の仕組みについて、地域代表的な要素を加味した場合には、その部分については、人口比例主義を基本とすることができない。公職選挙法は、国会の政策として、参議院議員について、全国選出議員ないし現行比例代表選出議員のほかに、地方選出議員ないし現行選挙区選出議員の制度を設け、後者の各選挙区には、最低二人以上の定数偶数配分をして、半数改選を可能にするとともに地域代表的な要素を加味している。そうすると、二人区と他の選挙区との間に存する定数の不均衡については、人口比例主義を適用することはできないので、その部分では、違憲の問題を生じないといわざるを得ない。しかし、定数が四人以上の選挙区における議員定数については、人口比例を考慮した配分がされたものであることが明らかであるから(本件選挙当時の公職選挙法別表第二)、これらの選挙区相互間において定数の不均衡が生じているときに、その不均衡状態を国会の裁量権の行使の結果であるとして当然に許容すべきものであるとすることはできない。

私は、さきに、人口比例を考慮した議員定数配分規定について、「議員定数配分規定が、ある選挙区の選挙人について、他の選挙区の選挙人の二倍を超える価値の票を投ずる権利を与えているようなことがあれば、結果的に、地域によって価値の異なる選挙権の行使を認めるいわゆる等級選挙を定めているものとみざるを得ないのであって、憲法一四条の定める法の下の平等の原則違反の問題を生ずるといわなければならない。」と述べ、衆議院について、議員一人当たりの選挙人数の最大較差一対二以上を違憲判断の基準としたが(最高裁平成三年(行ツ)第一一一号同五年一月二〇日大法廷判決・民集四七巻一号六七頁の中の私の意見)、参議院(選挙区選出)議員の各選挙区の議員定数は、制度上、偶数配分が前提となっていることを考慮すると、定数四人以上の選挙区相互間の定数配分の不均衡について、それによる較差が、衆議院議員選挙の場合の二倍に当たる最大較差一対四を超えるときは、憲法一四条の規定に反するとするのが相当と考える。

これを本件についてみると、本件選挙施行当時、定数四人以上の選挙区の間における議員一人当たりの選挙人数の最大較差は、鹿児島県選挙区と神奈川県選挙区との間において一対4.54倍に達していたことが計算上明らかであるから、その時点における投票価値の不平等状態をもたらしている本件定数配分規定は、法の下の平等を保障した憲法一四条一項の規定に明らかに違反する。よって、私は、本件定数配分規定を違憲と判断するものであるが、以下の理由により、これを無効とせず、請求棄却の判決をすべきであると考える。すなわち、私は、議員定数配分規定の違憲を理由とする選挙の効力に関する訴訟(以下「定数訴訟」という。)の主たる目的は、係争の議員定数配分規定の違憲性について、将来に向かって警告的判断を下し、国会が自主的に違憲状態にある議員定数配分規定を改正して、較差の速やかな是正を図るよう促すことにあると解する。したがって、裁判所は、当該選挙に適用された議員定数配分規定の全体について合憲性の有無を客観的に判断するにとどめ、違憲と判断される場合でも、その無効を宣言しないこととするのが妥当であると考える。私が右のように考え、また、いわゆる事情判決の法理によらない理由については、前記意見に詳しく述べたとおりであるから、ここでは、これを引用するにとどめる。

なお、本件選挙後に行われた平成六年法律第四七号による公職選挙法の改正により、定数四人以上の選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の最大較差が、鹿児島県選挙区と東京都選挙区との間における一対3.46に是正されたことは、当裁判所に顕著である。したがって、右に述べた定数訴訟の目的に関する私の見解に従えば、本件定数訴訟の目的は、事実上達成されていることになるが、なお将来にわたる一定の指針を示すという点において、本件訴訟を維持する実益はいまだ消滅していないと解する。

したがって、原審の判断は、本件定数配分規定が本件選挙当時全体として違憲の瑕疵を帯びていたものというべきであるとした点については是認することができるが、右規定を違憲ではあるが無効とすべきではなく、請求棄却の判決をすべきであるとする見地からすれば、原判決が本件選挙の違法を宣言した点は誤っており、本件請求は、これを棄却すべきものと考えるのである。

裁判官大野正男、同高橋久子、同尾崎行信、同河合伸一、同遠藤光男、同福田博の反対意見(裁判官尾崎行信、同遠藤光男、同福田博については、本反対意見のほか、後記のような追加反対意見がある。)は、次のとおりである。

私たちは、本件選挙における投票価値の較差は、憲法一四条一項の平等原則に違反し、もはや看過し難い程度に達しているとの多数意見部分に賛成するものであるが、その理由の一部を異にし、また、結局本件選挙当時において本件定数配分規定は違憲と断ずることはできないとする多数意見の結論には反対であって、右違憲状態につき憲法上要求される合理的期間内における是正がされていなかったから本件選挙は違法であるというべきであると考える。その理由は以下のとおりである。

一  参議院制度と投票価値の平等の原則

参議院(選挙区選出)議員の定数配分規定が、憲法一四条一項の保障する投票価値の平等の要請に違反するか否かを考えるに当たっては、まず、参議院議員選挙につき、各選挙区間において議員定数と選挙人数とが適正に比例すべきであるとの原則をいかに重視すべきかを考慮する必要がある。

憲法四三条一項は「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」と規定するところ、この規定は、両議院の議員が一部の国民のためでなく全国民のために行動すべき使命を有するという行為規範を示すにとどまらず、両議院の議員の選挙制度の仕組みが「全国民の代表」を選挙するのにふさわしい制度であるべきことをも定めているものと解される。そして、憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条ただし書が投票価値の平等を要求していることは、最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁の判示するところである。

もっとも、選挙制度の決定に当たり、投票価値の平等が考慮すべき唯一、絶対の基準とはされておらず、投票価値が数値的に完全に同一であることまでが要求されるものではなく、特に参議院議員については、その代表としての実質的内容ないし機能に独特の要素を持たせるためその選挙制度の仕組みについて正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由を考慮することは許されるのであって、選挙制度の決定について国会は広い裁量権を有するとされる(最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日大法廷判決・民集三七巻三号三四五頁参照)。

しかしながら、右憲法上の要請にかんがみ、投票価値の平等は、選挙制度の決定に当たって考慮されるべき極めて重要な基準であるから、単に他の諸要素と並列して論ぜられるべきではなく、参議院議員の選挙制度の仕組みの決定に当たっても十分尊重されるべきものである。

二  参議院議員の選挙制度とその配分原則

現に、参議院議員の選挙制度は、その制定当時、議員定数を二五〇人とした上、これを全国選出議員一〇〇人、地方選出議員一五〇人に区分し、全国選出議員については全都道府県の区域を通じて選挙されるものとし、地方選出議員の選挙区割については、既存の行政区画である都道府県をそのまま用い、まず各選挙区に対し最低二人の定数を一律に配分した(沖縄を除く四六都道府県の地方選出議員総数九二人)が、残余の定数については、人口比例の観点に立ち各選挙区における人口の大小に応じこれに比例して、特定の選挙区(付加配分区)に二人ないし六人の偶数の議員数を付加配分する形で制定されたものである。付加配分された総数は五八人であり、地方選出議員数の三八パーセントに当たる。そして、右選挙制度の制定当初、定数が四人以上の選挙区(付加配分区)間において定数二人を超える議員一人当たりの選挙人数を比較した場合、最小の選挙区のそれの二倍を超える選挙区は二区にとどまり、大部分は二倍以内に収まっていた。したがって、この五八人については、本件定数配分規定の制定当初、徹底した人口比例の原則に基づいてその配分方法が定められたことは疑う余地がない。

三  本件選挙当時における投票価値の看過し難い不平等

右に述べたような憲法上の要請及び当初の配分原則からみて本件選挙当時における選挙区間の投票価値が到底看過し難い程度の著しい不平等状態になっていたかどうかを検討すると、以下の点を指摘することができる。

1  選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が最大一対6.59(以下、較差に関する数値は、すべて概数である。)に達している。投票価値の平等を極めて重要な基準とする以上、右数値は異常に高い。

2  しかも、付加配分区における定数二人を超える議員一人当たりの選挙人数の最大較差は4.54倍(鹿児島県選挙区に対する神奈川県選挙区)に達し、三倍を超える選挙区が二区(鹿児島県選挙区に対し、埼玉県選挙区が3.56倍、千葉県選挙区が3.11倍)になっていることは計算上明らかである。前述のとおり付加配分された議員数五八人については、前記憲法上の要請に照らして、特に人口比例原則が忠実かつ厳格に遵守され続けていかなければならないものと解されるところ、右のような較差は著しく不平等である。

3  そして、選挙人数の多い選挙区が選挙人数の少ない選挙区より少数の議員定数しか割り当てられていないといういわゆる逆転現象が本件選挙当時において二四例にも達し、そのすべてに付加配分区が関係し、うち一一例は付加配分区間において生じている。右の逆転現象は、当初の配分原則に反するのみならず、多数の者が多数の代表を選び得るという民主主義の基本にも触れる質的不平等である。

以上の点を考慮すれば、本件選挙当時における議員定数配分の不均衡によって生ずる投票価値の不平等は、参議院議員選挙が議員定数一〇〇人につき全国を通じて選挙されるという意味で人口比例原則の貫徹した選挙制度を併用していることを考慮しても、なお看過し難い程度に著しいといわざるを得ない。

四  合理的是正期間の徒過

本件定数配分規定は、国民の意見を多角的に国会に反映させることを目指して選挙区ごとに最低二人の議員定数を配分することによって参議院を衆議院と異なる構成としたものであるが、そのことは必然的に投票価値の不均衡を生じさせることとなり、人口数の多い選挙区への付加配分により修正されているとはいえ、右規定が採用された直後の昭和二二年四月の第一回参議院議員選挙当時の議員一人当たりの選挙人数の最大較差は一対2.51であった。

その後、地方から都会への大量の人口異動によりその較差は拡大の一途をたどり、各参議院議員選挙時における右の最大較差の推移をみると、昭和四六年には5.08倍に、昭和五二年には5.26倍に、昭和五五年には5.37倍に、昭和五八年には5.56倍に順次増大した。付加配分区間における定数二人を超える議員一人当たりの選挙人数の最大較差をみても、既に昭和四六年において3.56倍に達している。このように、当初は人口比例原則に基づいて定数配分がされた付加配分区において顕著に不均衡が生じ、これに伴って全選挙区を通じて多数の逆転現象が生じ、昭和五二年及び昭和五五年には一七例、昭和五八年及び昭和六一年には二〇例、平成元年には二三例、本件選挙時には二四例に上っている。

しかし、その間、参議院議員の定数及びその配分については、沖縄復帰に伴う二人増加以外には何ら修正は行われなかった。それは、国会において、その状態を維持することが合理的であるとの政策決定によってされたものではなく、国会自らその不合理なことを十分認めていたにもかかわらず修正がされなかったのである。

すなわち、昭和五〇年六月には、参議院での審議運営に関し、参議院議長により、「参議院地方区定数是正は人口の動態の変化に基づき次の参議院選挙を目途として修正するようとりはからう」ことを条件とするあっせんがされ、自由民主党、日本社会党、民社党がこれに同意し、昭和五二年四月には日本社会党、公明党、日本共産党、民社党の各党を代表する議員から、同年五月には自由民主党の議員からそれぞれ定数是正の法案が提出されたが、いずれも成立に至らなかった。

このような経過で、参議院議員の定数配分は、国会によっても人口異動など社会情勢の変化により是正する必要があると認められながら、結果的に、制定時から本件選挙当時まで実に四五年にわたって全く改正されなかったものである。各選挙区に最低二人の議員を配分することの合理性を前提としても、遅くとも、議員一人当たりの選挙人数の最大較差が五倍を超え、付加配分区間における定数二人を超える議員一人当たりのそれが三倍を超える状況が定着したとみられる昭和五〇年代半ばころまでには、平等原則に反する違憲状態となっていたものであり、本件選挙当時、国会における是正のための合理的期間をはるかに超えていたことは明らかである。本件選挙当時の公職選挙法をみると、衆議院議員の選挙区割及び各選挙区における議員定数を定めた同法別表第一の末尾には「この法律施行の日から五年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によって、更正するのを例とする。」との定めがあるのに対し、参議院(選挙区選出)議員の定数配分規定には同趣旨の定めが存在しないが、投票価値の平等は憲法上の極めて重要な要請であることにかんがみれば、右定めの欠缺をもって、参議院議員選挙については投票価値の不平等の是正を長期間にわたって行わないことを合理的であるとし、特にこれを許容する趣旨であると理解することはできない。

五  いわゆる事情判決の法理による違法宣言

右のように本件定数配分規定は本件選挙当時において違憲とされるべきものであるが、本件選挙を無効とすることによっても本件訴訟の対象となった選挙区以外の選挙が無効となるものではないこと、本件選挙を無効とする判決の結果一時的にせよ憲法の予定しない事態が現出することになること、本件訴訟提起後平成六年に至って国会において公職選挙法が改正され参議院(選挙区選出)議員の定数配分規定が改められていることにかんがみれば、本件選挙が憲法に違反する議員定数配分規定に基づいて行われた点において違法である旨判示し、主文において右選挙の違法を宣言するにとどめるのが相当と考えるものである。

したがって、原審の判断は結論において正当として是認することができ、本件上告は棄却すべきものと考える。

裁判官尾崎行信の追加反対意見は、次のとおりである。

前記反対意見のうち、国会の裁量権の行使が合理的か否かを考慮する基準について、私の意見を次のとおり補足する。

一  最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁は、憲法の要求する投票価値の平等は、常にその絶対的な形における実現を必要とするものではないが、選挙の仕組みを定める際の単なる考慮事項の一つにとどまるものではなく、現実に投票価値に不平等の結果が生じている場合には、その不平等が、国会の正当に考慮することのできる重要な政策的目的ないしは理由に基づく結果として合理的に是認することのできるものでなければならないと解されるのであり、その限りにおいて大きな意義と効果を有すると述べ、国会が衆議院及び参議院それぞれについて決定した具体的選挙制度は、それが憲法上の選挙権の平等の要求に反するものでないかどうかにつき、常に各別に右の観点からする吟味と検討を免れることができないというべきであると結論づけている。

右判示は、選挙権の平等は、選挙制度の在り方に関し、憲法上一つの強固な核心をなす要請であって、他の諸々の考慮要素と同列に論ずるには余りにも貴重な権利であり、これに照らして他の考慮要素の合理性、許容性を判断する標準とされるべき、より高度の価値を有するものであることを示している。前記反対意見が、投票価値の平等は極めて重要な基準であるから単に他の諸要素と並列して論ぜられるべきでないとするのも、この趣旨である。

よって、本件定数訴訟においても、右判決に示された法理に従い、いかなる重要な政策的目的ないし理由があって投票価値の不平等状態が招来されているか、その結果は投票価値の平等の原則に照らしても合理的なものとして是認し得るかにつき、参議院の具体的選挙制度に即して吟味、検討すべきである。

二  憲法が二院制を採用した理由は、参議院が、衆議院と異なる議員構成を持つことによって、専門的な知識経験をふまえ、長期的展望の下に理性的で慎重な判断をし、第一院の多数を頼む偏った政策決定を抑制することを期待するところにある。憲法は、参議院につき、衆議院と異なる六年間の任期を定め、かつ、解散制度を設けないことによって、議員に長期間安定した地位を保障し、議員が、頻繁な選挙の負担に影響されることなく、全国的視野に立脚した客観的で公正な見解を国政に反映させることをより一層可能にするとともに、半数改選制と相まって政策の継続性を保持し得る制度を定立した。もとより、参議院を都道府県単位の代表として、あるいはより広域単位の代表として構成しようとする立場も十分考慮に値するものであろうが、憲法は、この視点に重きを置かないで、右のような構成とは異なる今日の参議院制度を採用したのである。したがって、現憲法の趣旨を酌んで、法律により参議院と衆議院との議員構成に一定の差異を持たせるとしても、それは、現行二院制の理念に沿いつつ、かつ、あくまで前記のような平等原則に反しない限度で例外的に許容されるにすぎないものと解すべきである。

三  我々が今参議院の具体的選挙制度の仕組みの中で人口比例原則を変更するため考慮することができる要素としては、上告人の主張や立法以来広く論じられてきたところに照らしても、都道府県制に基づく地域代表的性格以外には見当たらない。しかも、現行選挙制度の仕組みにおいて、地域代表的考え方は、無条件に各選挙区に最低二人を割り当てる形態で既に実現されている。これに重ねて、右の基礎的配分を超える議員についてまで再度地域代表的考えを持ち込み、同一の理由に基づいて一層平等原則を損なう結果をもたらすことを許容するには、それが参議院の存在理由からみて特段の合理性を有するか否かを再考し、より厳格な合理的理由が具体的に論証されなければならないというべきである。

そもそも、地域代表的性格の過度の強調は、参議院の衆議院化を招き、前述した参議院の理の政治を期待する憲法の趣旨と現行制度の枠組みに反する結果となることを想起すべきであり、この視点から、私は、右の理由による較差の許容については抑制的であらねばならないと考える。

さらに、現行の最低二人割当制についても、それ自体は人口過疎地区の利害や意見が国会審議に反映されるという意味で合理性を有しているとはいえても、そのことによって、結果として投票価値の平等をいかに侵害してもよいということになるわけではない。衆議院議員の選挙区割及び定数配分の決定についても、都道府県、市町村等の行政区画などの事情が考慮要素となることを前提としつつ、人口比率の較差の許容限度が論じられているのであって、都道府県を単位とする地域代表的性格を加味したとされる参議院(選挙区選出)議員の定数配分についても、その較差の許容限度は衆議院議員の場合と大きく異ならない程度とするのが本則であるというべきである。私は、定数四人以上の選挙区間に限らず、全選挙区間において、本来は、二倍を超える較差は許されるべきではないと考えるものであるが、両議院間に構成の差を設けることによる代表の多面性や両議院の補完、修正機能の確保といった効果を期待して一応の合理性を肯定し得る最低二人割当制を導入した結果、二人区を含む比較においては制定当初から二倍を超える較差が存したこと等をも考慮して、一定限度でこの基準を緩和することは認めざるを得ないであろう。その場合、どの程度まで合理性を有するとして許容すべきかがここでの問題である。

四  本件のように憲法の要求する価値が何を意味し、いかなる限度で他の考慮要素により制限され得るかが問題となった場合、第一義的には憲法の法文自体に表明されたところに従うべきであるが、その内容を確定するためには憲法制定過程ないしこれに近接して制定された法律の立法過程に表れた立法者の意図、目的によって補充することも必要であろう。特に民主制政治の根幹をなす投票価値の平等を制限することとなる本問題については、立法者の意図を尊重すべきであるが、これをうかがわせる最も有益な資料は憲法制定に近接して立案された最初の衆議院及び参議院の議員定数配分規定であろう。昭和二二年制定の同規定では人口比率の最大較差は衆議院の場合一対1.51であるのに対し、参議院の場合一対2.62となっていた。参議院について右較差が生じたのは、地域代表的性格を考慮した上で半数改選制を実施する必要上技術的に簡便な方法として、各選挙区にまず二人を割り当てたことが主たる原因であったのであるが、右の現実の較差からみて、当時の立法府は、参議院に独自の特色を持たせるため衆議院との間に差を設けるとしても、衆議院の場合の較差に数字で一を加える程度の較差にとどめる意図であったと考えられ、これを数字上大きく超えるほどの較差を容認していたとは考えにくいところである。そして、残余の議員数については専ら人口比率に従って配分しているのであるから、立法者は、地域代表的性格を考慮した結果人口比例原則からかい離するとはいえ、最低二人を割り当てる技術的理由が明らかであり、かつ、かい離の程度が比較的軽微であったから、右のような制度を採用したものとみるべきである。

前述の参議院制度の趣旨に併せて、実定法上に表れたこうした立法者の意図を重視すれば、参議院(選挙区選出)議員の定数配分における較差は、衆議院の場合のあるべき較差二倍以下と大きく隔たらない二倍台にとどまることが望まれるというべきであろうが、最低二人割当制の合理性等を考慮すると、三倍台までの較差は許容せざるを得ないかもしれない。しかしながら、較差を二倍台にとどめた当初の立法者の意図からすれば、較差が三倍台を更に超え四倍台となれば、著しい不平等とみるべきは常識であって、この程度に達したのは昭和三七年七月以前であったことは明らかであるから、既に修正のための合理的期間を経過していることに疑いを差し挟む余地はない。私が、本件定数配分規定を違憲とする反対意見に参加するゆえんである。

裁判官遠藤光男の追加反対意見は、次のとおりである。

私の意見は、前記反対意見に要約されているとおりであるが、本件定数配分規定の合憲性を判断するに当たっては、とりわけ、定数が四人以上の選挙区間における定数二人を超える議員一人当たりの選挙人数の較差(以下「四人区以上の選挙区間の較差」という。)をみることが肝要であると考えるので、この点についての私の意見を補足的に明らかにしておきたい。

参議院議員選挙法は、地方選出議員一五〇人の配分を定めるに当たり、まずもって、各都道府県選挙区に対し二人ずつの定数を一律に配分した上(沖縄を除く四六都道府県の地方選出議員の総数九二人)、残余の五八人を一定の基準に基づき特定の選挙区に対し付加配分するものとした。憲法上の要請である三年ごとの半数改選を前提とする限り、人口又は選挙人数の大小を問わず、各選挙区に対し最低二人の議員数を配分したことは、それなりに合理性のある配分方法として是認し得るものといえよう。

問題は、むしろ、このような配分方法を採った後に生じた残余の地方選出議員五八人の配分方法いかんにある。すなわち、同法がその制定当初地方選出議員の配分につき現実に採用した配分方法は、当時、臨時法制調査会において審議されていた配分案のうちの一つである甲案・第一案であったとされているが、甲案とは、各都道府県の人口の割合によってその配分数を算定する案であり、昭和二一年四月二六日現在の人口調査による総人口数を地方選出議員の総数一五〇人で除した数、すなわち議員一人当たりの基準人数を求め、この基準人数をもって各都道府県の人口を除して得た数を配当基数とし、この配当基数に基づき定数を配分しようとしたものであり、そのうちの第一案とは、配当基数が二以下の場合にはすべてこれを二と算定し(この部分が一律二人ずつの配分部分に相当する。)、四、六又は八の偶数以上となった選挙区に対しては、端数をすべて切り捨てた上、その数から二を控除した偶数、つまり二、四又は六の議員数を付加配分するものとし、これにより剰余を生じた分については、端数の大きいものから五八人に満つるまで順次二人あて付加配分するという案であったのである。

なお、その最大配分数を八としたのは、たまたま配当基数の最大数値が8.58(東京都の場合)であり、偶数以上の端数切捨ての原則をもってすると、これを八とするのが相当であったことに由来するものであって、もともと八以上の配分を否定する趣旨のものでなかったことは明らかである。したがって、この五八人については、本件定数配分規定の制定当初から徹底した人口比例の原則に基づきその配分方法が定められたことは疑いの余地がない。この五八人は、現行規定に基づく選挙区選出議員の総数一五二人(沖縄復帰による同選挙区への追加配分に伴い、その数は一五〇人から一五二人となった。)のうち三八パーセント余に当たるが、残余の六二パーセント弱を占める九四人を各選挙区に対し一律に二人ずつ配分したことによって生じた投票価値平等原則へのマイナスの影響を最小限度に食いとどめるためにも、この分についての人口比例の原則は、でき得る限り忠実かつ厳格に遵守され続けていかなければならないはずのものであったのである。そうであるとするならば、本件選挙における投票価値の平等性を検討するに当たっては、この五八人についての配分の適正、つまり、四人区以上の選挙区間の較差をみることが極めて重要であるというべきである。もっとも、わずか五八人という付加配分数の枠内で人口比例の原則を厳格に実施しようとしてみても、総体的にその数が少ないだけに、おのずからそこには限界があることも否定し難いところである。現に、制定当初における四人区以上の選挙区間の較差をみてみると、大部分が二倍以内に収まっているとはいうものの、わずかながらとはいえ、その較差が二倍を超える選挙区が二区存在していたことが認められる(北海道選挙区の一に対し、新潟県選挙区の2.12倍、千葉県選挙区の2.01倍)。このようにみてくると、この五八人の付加配分については、一面、それが一律二人配分による投票価値平等原則へのマイナスの影響を最小限度に食いとどめるため重要な機能を営むものであること、他面、五八人という小人数の枠内での調整に由来する現実的制約が存在すること、さらに、参議院議員選挙制度においては、総定数二五二人のうち約四〇パーセント近い一〇〇人が全国を通じ一人一票の原則に徹して選出されることとなっていることなどを総合勘案した場合、私は、四人区以上の選挙区間の較差が三倍程度にとどまる場合にはやむを得ないものとして是認し得るものの、少なくともその較差が三倍を超えるに至った場合には、もはや投票価値平等の原則からみてこれを容認し得るものではないと考える。

ところが、本件選挙当時における四人区以上の選挙区間の較差は、最大4.54倍にも達しており(鹿児島県選挙区の一に対し、神奈川県選挙区の4.54倍)、他に、三倍を超える選挙区が二区存在することが認められるのであって(鹿児島県選挙区の一に対し、埼玉県選挙区の3.56倍、千葉県選挙区の3.11倍)、この較差は、前記限界をはるかに超えるものであり、到底これを容認することはできない。

もっとも、参議院議員選挙における議員定数配分規定の合憲性の有無を判断するに当たっては、単に四人区以上の選挙区間の較差のみをもってこれを評価すべきではなく、全選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の最大較差をも併せ評価すべきものであることはいうまでもない。なぜならば、いかに四人区以上の選挙区間の較差が合理的範囲内にとどまるものであったとしても、全選挙区間におけるその較差が著しいものであるときは、選挙権平等の原則が保持されているものとはいい難いからである。当然のことながら、四人区以上の選挙区間の較差を三倍以内に収めようとすれば、全選挙区間におけるその最大較差もまた、当然それに連動してある一定範囲内に収まることが明らかではあるが、私は、全選挙区間における最大較差が少なくとも五倍を超えるものであってはならないと考える。したがって、私は、四人区以上の選挙区間の較差が三倍を超えた場合、又は全選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が五倍を超えた場合には、いずれも、当該定数配分規定の下における不平等状態は、投票価値の平等の有すべき重要性に照らし看過することができない程度になったものと考えざるを得ない。

そこで、いつごろからこのような状態となったかにつき検討してみると、遅くとも、昭和四六年六月二七日施行の第九回参議院議員選挙において、四人区以上の選挙区間の較差が三倍を超え(栃木県選挙区の一に対し、神奈川県選挙区の3.56倍)、また、全選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の最大較差が五倍を超える状態(鳥取県選挙区の一に対し、東京都選挙区の5.08倍)となったことが認められる。ところが、国会は、本件選挙当時までこのような状態が二〇年以上の長きにわたって継続していたにもかかわらず、これを全く是正しようとしなかったのであるから、是正のため許容し得る期間をはるかに超えていたことは明らかであり、本件定数配分規定は、本件選挙当時、憲法に違反するものであったというべきである。

ちなみに、平成六年六月二九日、いわゆる四増四減を内容とする公職選挙法等の一部を改正する法律が公布され、これによって全選挙区間における議員一人当たりの人口の最大較差が4.81倍に縮小されたとされているが、右改正案は、専ら逆転現象を解消することを目的とし、併せこれによって全選挙区相互間における最大較差の縮小を図ろうとしたものにすぎない。むしろ、制定当初の理念とその配分原則に基づき五八人の付加配分を適正に行おうとするのであれば、現行四人区の一部を二人区に減員し、かつ、八人区の一部を増員するなどの措置を採らなければならなかったはずであって、これに全く手を着けないまま行われた前記改正は、単なる弥縫策といわれてもやむを得ないであろう。現に、この改正によっても四人区以上の選挙区間の較差が三倍を超える選挙区が依然として三選挙区も存在するのであるから(鹿児島県選挙区の一に対し、千葉県選挙区の3.24倍、北海道選挙区の3.23倍、兵庫県選挙区の3.09倍)、右の改正によりその違憲状態が解消されたとみることは困難である。

裁判官福田博の追加反対意見は、次のとおりである。

私の意見は、前記反対意見として述べているとおりであるが、この問題について私の基本的考え方を簡潔に補足して述べておきたい。

私の考えでは、民主制に基づく政治システムとは、立法府、特にその第一院が民主的に選出されること、すなわち、選挙に当たって選挙人が平等な選挙権を有することを基本として成り立っており、我が国の憲法もそれを前提として制定されている。いわゆる定数較差の存在は、結果を見れば選挙人の選挙権を住所がどこにあるかで差別していることに等しく、そのような差別は民主的政治システムとは本来相いれないものである。人口異動等により選挙区ごとの議員一人当たりの選挙人数に相当な較差が生じた場合には、合理的期間内、例えば国勢調査の確定値が公表された後所要の選挙法令の改正に通常必要とされるであろう期間内に定数の是正が行われることが期待される。

第二院については、連邦制あるいは身分制等に基づく選出制度を採用し、選挙人の選挙権の平等への配慮を二次的な地位に置く国が世界の中に見られるが、我が国にあっては参議院についてそのような特別の選出制度は憲法に規定されておらず、憲法四三条に定める原則は、衆・参両議院についてひとしく適用される。したがって、参議院に独自性を持たせようとする種々の試みも、選挙人の投票権の平等という基本原則を遵守することが前提となる。

民主主義の優れている点は、国民の主権を確保するという点はもとよりであるが、時代の要請に応じ政策の変更を行っていく柔軟性が他のシステムに比し格段に高い点にある。民主制に基づく政治システムの優位性は、この十年来の世界の出来事の中でも改めて明らかとなった。選挙制度において、差別であれ、特権であれ、その存在を合理的な限界を超えて許すことは、取りも直さず、民主制に基づく政治システムの柔軟性を硬直化させる効果を生じ、民主主義の持つ利点を大きく損ないかねないものであって、このような事態は、我が国の憲法の許容するところではない。右に述べたような基本的視点は、参議院議員選挙における投票価値の平等を検討する際にも常に重視すべきであると考えるものである。

(裁判長裁判官三好達 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大西勝也 裁判官小野幹雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官根岸重治 裁判官高橋久子 裁判官尾崎行信 裁判官河合伸一 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官福田博 裁判官藤井正雄)

上告代理人増井和男、同鈴木健太、同青野洋士、同名取俊也、同石川利夫、同赤西芳文、同塚本伊平、同石田裕一、同竹中博司、同太田清一、同坂入冨士雄、同高木哲夫、同信本勉、同川端龍彦の上告理由

第一点 原判決は、公職選挙法一四条、同法別表第二による参議院(選挙区選出)議員の定数配分規定(以下「本件配分規定」という。)は、平成四年七月二六日に施行された参議院(選挙区選出)議員の選挙(以下「本件選挙」という。)当時において違憲状態にあったとするが、右の認定判断には憲法一四条一項、四三条二項、四七条の解釈、適用の誤りがある。

一 はじめに

原判決は、本件選挙時に選挙区選出議員の各選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の最大較差が6.59倍に至っていたことをとらえて、本件配分規定の合憲性につき、議員一人当たりの選挙人数の最大較差が六倍を超えれば、憲法の趣旨に照らして到底容認できない憲法違反の状態を生じているものといわざるを得ないとし、さらに、いわゆる逆転現象が本件選挙時において二四例に上っていたことを認定した上、これが顕著に生じている場合は、それが合理的な理由に基づくものであることが主張、立証されない限り、違憲状態であるとの疑いを免れないとして、結局、本件配分規定は本件選挙当時において憲法の要求する投票価値の平等に反する状態になっていたとする。

よって、以下これらの点につき検討を加える。

二 従前の最高裁判決と原判決との関係

1 憲法は、国会を衆議院及び参議院の両議員で構成するものとし(四二条)、各議員の権限及び議員の任期等に差異を設けている。すなわち、衆議院は、内閣に対する不信任決議権を持ち(六九条)、法律及び予算の決議、条約の承認、内閣総理大臣の指名など国会の重要な権能につき参議院に優越する地位を有する(五九条、六〇条二項、六一条、六七条二項)。また、参議院議員の任期は六年である(四六条)のに対し、衆議院議員の任期は四年である上に解散の制度がある(四五条)。このような二院制が設けられている趣旨は、衆議院に国民の意思をより敏感に反応させることとする一方、参議院の独自性を確保し、その議員の地位に継続性、安定性を与えることによって、参議院に衆議院に対する抑制的・補充的機能を果たさせ、もって国会を公正かつ効果的に国民を代表する機関にしようとすることにある。

そして、憲法は、参議院議員の選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねている(四三条二項、四七条)。これは、議会制民主主義の下においては、国民の多様な意見を公正かつ効果的に反映させる必要がある反面、政治における安定も要請されているところ、選挙制度は、このように多種多様で複雑微妙な政策的及び技術的考慮の下に調整されるべきであるという理由による。

そこで公職選挙法は、憲法の右の趣旨にのっとり、参議院議員の選挙について、衆議院議員のそれとは異なる選挙制度の仕組みを設け、参議院議員(総定数二五二人)を全都道府県の区域を通じて選挙される比例代表選出議員(定数一〇〇人)と都道府県を単位とする選挙区において選挙される選挙区選出議員(定数一五二人)とに分かち、後者については、憲法が参議院議員は三年ごとにその半数を改選すべきものとしている(四六条)ことに応じて、各選挙区を通じてその選出議員の半数が改選されるように配慮し、四七の各選挙区に各二人を均等に配分した上、残余の五八人については人口を基準とする各都道府県の大小に応じて比例する形で二人ないし六人の偶数の議員を付加配分している。

右の参議院議員の選挙制度の仕組みは、前述のように、憲法が国会の構成について二院制を採用し、各議員の権限及び議員の任期等に差異を設けているところから、等しく全国民を代表する議員であるという枠の中にあっても、参議院議員については、国民代表としての実質的内容ないし機能に衆議院議員とは異なる独特の要素を持たせることとし、そのうち比例代表選出議員については職能代表的な色彩を持たせ、また、選挙区選出議員については都道府県を基盤とする地域代表的な要素を加味しようとしたものである。

以上のとおり、参議院議員の選挙については、衆議院議員とは異なる代表性格を持たせるため、人口、選挙人数を基準とするのみでは十分に代表されない国民各層の種々の利益をも多面的に代表させる仕組みとされているのであって、かかる仕組みは、両院制の下における参議院の性格にかんがみれば、国民各自、各層の利害や意見を公正かつ効果的に国会に反映させるための具体的方法として合理性を欠くものとはいえない。

参議院議員選挙について以上のような選挙制度の仕組みを採用した場合には、選挙区選出議員の選挙において各選挙区の議員一人当たりの選挙人数にある程度の較差が生ずることは当然であり、これをもって直ちに右の議員定数の配分の定めが憲法一四条一項等に違反して選挙権の平等を侵害したものとすることはできない。確かに、憲法一四条一項の規定は、国民が参議院議員を選挙する権利につき、選挙人資格における差別の禁止にとどまらず(四四条ただし書)、選挙権の内容の平等、すなわち投票価値の平等をも要求しているが、右の投票価値の平等は、憲法上、選挙制度決定のための唯一絶対の基準となるものではなく、右のような選挙制度の仕組みの下では、投票価値の平等の要求は、人口比例主義を基本とする選挙制度の場合と比較して一定の譲歩、後退を免れないのである。

また、社会的、経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口の異動につき、それをどのような形で選挙制度の仕組みに反映させるかなどの問題は、複雑かつ高度に政策的な考慮と判断を要求するものであって、その決定は、右の変化に対応して適切な選挙制度の内容を決定する責務と権限を有する国会の裁量にゆだねられているところである。したがって、議員定数配分規定の制定後人口の異動が生じた結果、それだけ選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が拡大するなどしたとしても、その一事では直ちに憲法違反の問題が生ずるものではなく、その人口の異動が当該選挙制度の仕組みの下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせ、かつ、それが相当期間継続して、このような不平等状態を是正する何らの措置をも講じないことが、複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき国会の裁量的権限に係ることを考慮してもなおその許される限界を超えると判断される場合に、初めて議員定数の配分の定めが憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。

以上は、参議院議員の昭和五二年七月施行の選挙に関する最高裁判所昭和五八年四月二七日大法廷判決・民集三七巻三号三四五ページ(以下「参議院昭和五八年判決」という。)を始めとして、昭和五五年六月施行の選挙に関する最高裁判所昭和六一年三月二七日第一小法廷判決・判例時報一一九五号六六ページ、昭和五八年六月施行の選挙に関する最高裁判所昭和六二年九月二四日第一小法廷判決・判例時報一二七三号三五ページ、昭和六一年七月施行の選挙に関する最高裁判所昭和六三年一〇月二一日第二小法廷判決・判例時報一三二一号一二三ページ(以下「参議院昭和六三年判決」という。)の趣旨とするところである。

2 ところで、原判決は、参議院(選挙区選出)議員の選挙における投票価値の平等の解釈について、基本的には前掲各最高裁判決を引用して上記の見解に立つかのようであるが、更に進んで「国会が右裁量権を行使するに当たっては、投票価値の平等という憲法上の要求をなるべく損なわないよう最大限の配慮をするべきことは当然であって、その不平等状態の容認にも自ずから限度があるというべきである。国会が、それ自体は正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由をしんしゃくして定めた選挙制度であっても、その結果として投票価値に著しい不平等が生じ、それが憲法の趣旨に照らして到底容認できない程度に達しているときは、国会が裁量の範囲を逸脱したとの評価を免れないのであって、その場合、右政策的目的ないし理由は、投票価値の平等という憲法上の要請の前に一歩退かざるを得ないものと解せられる。」(原判決一六丁裏四行目ないし一七丁表一行目)とした上、「二倍以上の較差を生ずる不平等状態が、近代選挙の大原則である『一人一票の原則』を実質的に堀り崩しかねないことにも思いを致すと、いかに国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由をしんしゃくして定めた選挙制度であっても、議員一人当たりの選挙人数の最大較差が三倍を超えれば憲法の要求にそぐわない状態ではないかとの疑問が生ずることを否定できず、四倍、五倍を超えれば右疑問は相当深刻であるというべきであり、まして六倍を超えれば、憲法の趣旨に照らして到底容認できない憲法違反の状態を生じているものといわざるを得ない。」(原判決一九丁裏五行目ないし二〇丁表二行目)との判断を示している。

3 しかしながら、前記のような参議院議員の選挙制度の仕組みの下において、参議院(選挙区選出)議員の選挙において違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたか否かを判断する場合、人口比例主義が唯一絶対の基準となるものではなく、むしろ投票価値の平等の要求は人口比例主義を基本とする選挙制度の場合と比較して一定の譲歩、後退を免れないこと、そして、参議院(選挙区選出)議員の定数配分が憲法の投票価値の平等の要求に反するかという問題は、結局、右不平等が国会の裁量権の行使として是認し得る範囲内にとどまるかどうか、すなわち、具体的に決定された選挙区割と議員定数配分下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているか否かによって決するほかないことは、前記各最高裁判決の趣旨とするところである(現に、参議院昭和六三年判決は、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が最大5.85倍に拡大したことにつき、「それだけではいまだ違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするに足りないというべきことは、前記大法廷判決(参議院昭和五八年判決・上告人指定代理人注)の趣旨に徴して明らか」であると説示している。)。しかるに、右原判決の判断は、他に特段の根拠を示すことなく、単に三倍、四倍、五倍、六倍といった数字の倍率のみによって投票価値の不平等の違憲性を測ろうとするものであり、前掲各最高裁判決の投票価値の平等に関する解釈と矛盾し、あるいは右解釈を逸脱して、人口比例主義を過度に重視し、議員定数配分に際しての国会の裁量権を極めて限定的に解するものであって、これは憲法一四条一項、四三条二項、四七条の規定の解釈を誤ったものといわなければならない。

三 本件選挙当時における不平等状態について

1 そもそも参議院議員の選挙における投票価値の平等について判断する際には、専ら選挙区選出議員の選挙のみを取り上げて論ずることは相当でない。すなわち、参議院議員のうち比例代表選出議員は全都道府県の区域を通じて選挙されるから、その選挙制度は正に人口比例主義に合致し、投票価値の平等の要求を充足している。そうすると、その反面として、国会は、その極めて広範な裁量権の行使の一態様として、選挙区選出議員の選挙制度につき、人口比例主義を基本とする選挙制度と比較して投票価値の平等の要求に更に一層の譲歩、後退を求めることができるのである。

2 また、本件配分規定は、参議院議員選挙法(昭和二二年法律第一一号)の定める選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数をそのまま踏襲したものであるが、同法制定当初における選挙区間の議員一人当たりの人口の最大較差は約2.62倍に達する(そして、これが違憲状態にあるとされたことはない。)。そしてまた、本件訴訟において原審の原告代理人が提示したシミュレーション第二、第三によれば、選挙区数四七、総定数一五二、各選挙区への偶数配分という現行参議院選挙区選挙の枠組みを変更することなく、議員一人当たりの選挙人数の最大較差を縮小したとしてもなお3.56倍ないし3.63倍という最大較差となるというのである。これらのことは、国会が複雑かつ高度に政策的な考慮と判断をしてその裁量権を行使したとしても投票価値の平等のみを重視することが困難であることを、そしてまた不平等状態を是正することに限界があることを端的に示すものである。

3 さらに、①本件配分規定の制定後、人口の異動により、議員一人当たりの人口あるいは選挙人数の最大較差は変化し、昭和五二年七月、昭和五五年六月、昭和五八年六月及び昭和六一年七月に実施された各参議院(選挙区選出)議員(昭和五五年六月施行の参議院議員選挙までは地方選出議員)の選挙における選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差は、それぞれ、5.26倍、5.37倍、5.56倍、5.85倍となったが、いずれも最高裁判所において違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとはいえないという判断が示されている(前掲各最高裁判決参照)。②平成元年七月に施行された参議院(選挙区選出)議員の選挙についても、同選挙当時の右最大較差は6.25倍であった(もっとも、原判決は、同年三月三一日現在の住民基本台帳人口による議員一人当たりの人口の最大較差が約6.26倍であるとしている。)が、東京高等裁判所は平成元年一〇月二五日同選挙の無効請求事件(平成元年(行ケ)第一五七号事件)において請求を棄却する旨の判決をし(判例地方自治七二号九ページ)、最高裁判所第二小法廷は平成二年四月二〇日その上告事件(平成二年(行ツ)第一〇号事件)において上告を棄却し、右高裁判決を維持している。③本件選挙当時の選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差は神奈川選挙区における6.59倍であったが、較差が六倍を超える選挙区は右選挙区だけであり、これに次ぐ較差は埼玉選挙区の約5.18倍にすぎない。

4 以上によれば、本件選挙当時における較差が右選挙制度の仕組みの下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせたということはできない。

四 いわゆる逆転現象について

原判決は、本件選挙当時の本件配分規定が違憲状態にあったと判断するに当たり、「いわゆる逆転現象は、昭和六一年には二〇例、平成元年には二三例、本件選挙時においては実に二四例にのぼった(公知の事実である)。」(原判決一九丁表九行目ないし一〇行目)ことをその根拠の一つとするようであるが、いわゆる逆転現象自体は投票価値の比較の基準とならない。

確かに、本件選挙当時、いわゆる逆転現象、すなわち、人口の多い選挙区の方が人口の少ない選挙区より配分議員数が少ない状態が生じていることは事実である。しかし、逆転現象は、選挙区の人口と議員数を実数で比較して各選挙区間の配分議員定数の均衡を直接の問題とするものであって、本件で問題とされている個々の選挙人の投票価値の不平等とは関連性がない。また、仮に両者の間に何らかの関連性があるとしても、投票価値の不平等状態を判定するための指標としては、通常議員一人当たりの選挙人数又は人口数の較差を選挙区の単位で求め、その最大のものと最小のものとを比較した率、すなわち最大較差を用いるが、いわゆる逆転現象は右最大較差とは別に独自の意義を有するものとはいえず、せいぜい補助的な指標という意義を有するにとどまる。

このことは、例えば、①三〇人で四人の議員を選出する選挙区及び四〇人で三人の議員を選出する選挙区を容認する議員定数配分規定と、一〇人で一人の議員を選出する選挙区及び一〇〇人で二人の議員を選出する選挙区を容認する議員定数配分規定とを想定して比較すると、前者の場合はいわゆる逆転現象こそあるものの不平等の程度が著しいとまではいえないのに対し、後者の場合はいわゆる逆転現象がないが不平等は一層深刻であること、②そもそも議員定数を四人、三人、二人と段階的に配分していく場合、四人区の人口最小区と三人区の人口最大区、三人区の人口最小区と二人区の人口最大区のような限界上の選挙区間においては、若干の人口異動があっただけでも容易にいわゆる逆転現象が生じること、に照らしても明らかというべきである。

結局、投票価値が不平等かどうかを比較する基準は、前記の最大較差に求めるべきものであって、これは衆議院議員の選挙に関する最高裁判所昭和五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三ページ(以下「衆議院昭和五一年判決」という。)以来最高裁判所の判決が採用している基準でもある。

五 結語

以上の次第であって、本件配分規定は、本件選挙当時において、選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達していたとは認められないのである。したがって、これを違憲状態にあるとした原判決は、憲法一四条一項、四三条二項、四七条の解釈、適用を誤ったものである。

第二点 原判決は、本件配分規定が本件選挙の約七年前から憲法に違反すると評価せざるを得ない投票価値の著しい不平等状態にあったのに、国会が本件選挙時まで右不平等状態を回避、是正する何らの措置も講じなかったことは、その許される裁量権の範囲を超えているとした上、本件配分規定は本件選挙時において違憲の瑕疵を帯びていたとするが、右判断には、憲法四一条、四三条二項、四七条の解釈、適用の誤りがある。

一 国会の立法裁量と合理的期間

1 憲法は、四一条において国会が国権の最高機関であることを明確に宣明し、さらに、四三条二項において両議員の議員の定数を、四七条において選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項をそれぞれ法律にゆだねている。これは、元来、両議院の議員の選挙に関する事項は、極めて重要な事項であるが、技術的問題も多い上、選挙手続、選挙区等は各時代の要請に応じて是正、変更する必要があることにかんがみ、これを憲法自体に規定することは適当でないと考えたためである。このように、国会は、憲法によって、選挙に関する根本原則(憲法一四条、一五条一項、三項、四四条ただし書等)に抵触しない限り、どのような選挙の制度が国民の利害や意見を公正かつ効果的に国会に反映させることになるかを決定する極めて広範な裁量権を与えられている。

したがって、国会は、本件訴訟で問題とされる議員の定数配分についてももちろん極めて広範な裁量権を有する。とりわけ、人口異動の結果に基づき議員定数配分規定を改正する際には、国会は、人口異動の政治的意味をどのように評価し、政治における安定の要請をも考慮しながら、人口異動をいつどのような形で選挙区割、議員定数の配分その他の選挙制度の仕組みに反映させるべきか、また、これらの選挙制度の仕組みを変更することにより予想される実際上の困難や弊害をどのような方法と過程によって解決するかなど、複雑微妙でかつ高度な政策的及び技術的な考慮と判断をしなければならないのである(参議院昭和五八年判決参照)。

2 ところで、衆議院昭和五一年判決は、一般に、制定又は改正当時憲法に適合していた法律がその後における事情の変化により、その合憲性の要件を欠くに至った場合であっても、右要件の欠如が漸次的な事情の変化によるものであるときは、いかなる時点において当該法律が憲法に違反するに至ったものと断ずべきかについては慎重な考慮が払われなければならないとした上、「人口の異動は不断に生じ、したがって選挙区における人口数と議員定数との比率も絶えず変動するのに対し、選挙区割と議員定数の配分を頻繁に変更することは、必ずしも実際的ではなく、また、相当でもないことを考えると、右事情によって具体的な比率の偏差が選挙権の平等の要求に反する程度となったとしても、これによって直ちに当該議員定数配分規定を憲法違反とすべきものではなく、人口の変動の状態をも考慮して合理的期間内における是正が憲法上要求されていると考えられるのにそれが行われない場合に始めて憲法違反と断ぜられるべきものと解するのが、相当である。」と判示した(以下「合理的期間論」という。)。

同様に、参議院昭和五八年判決も、「人口の異動が生じた結果、それだけ選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が拡大するなどして、当初における議員定数の配分の基準及び方法とこれらの状況との間にそこを来したとしても、その一事では直ちに憲法違反の問題が生ずるものではなく、その人口の異動が当該選挙制度の仕組みの下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせ、かつ、それが相当期間継続して、このような不平等状態を是正するなんらの措置を講じないことが、前記のような複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき国会の裁量的権限に係るものであることを考慮しても、その許される限界を超えると判断される場合に、初めて議員定数の配分の定めが憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。」と判示し、参議院の議員定数についても、合理的期間論を採用することを明らかにしている。

そして、原判決も、この合理的期間論自体は是認している(原判決二〇丁表六行目ないし二〇丁裏五行目)。

二 原判決の認定、判断

原判決は、選挙区選出議員につき、議員一人当たりの選挙人数の最大較差が六倍を超えた時に、憲法の要求する投票価値の平等に反する状態になるという前提の下に、昭和六〇年一〇月一日現在における選挙区選出議員の選挙区間の議員一人当たりの人口の最大較差が約6.03倍にまで拡大し(昭和六〇年に実施された国勢調査の結果によるもの)、その後も右最大較差が昭和六一年に約6.01倍、昭和六二年に約6.10倍、昭和六三年に約6.19倍、平成元年に約6.26倍(いずれも毎年三月三一日現在の住民基本台帳人口によるもの)、平成二年に約6.42倍、平成三年に約6.53倍(いずれも自治省行政局選挙部発表の毎年九月二日現在の「選挙人名簿登録者数の概数」によるもの)とおおむね順次拡大しているという事実を認定した上、「議員一人当たりの選挙人数ないし人口の最大較差は、(中略)昭和六〇年には六倍を超え、その後も拡大の一途を辿っており、また、逆転現象も年を追う毎に増加してきている。」(原判決二〇丁裏七行目ないし同一〇行目)から、「憲法に違反すると評価せざるを得ない投票価値の著しい不平等状態が本件選挙の約七年前(昭和六〇年・上告人指定代理人注)から継続している」(原判決二二丁表五、六行目)とした。そして、原判決は、単に、「憲法に違反すると評価せざるを得ない投票価値の著しい不平等状態が本件選挙の約七年前から継続しているのみならず、右状態が生じることはその相当以前から容易に予想できたことであって、国会はこのような不平等状態を回避する措置を講じることを相当以前から求められており、また右不平等状態が生じた昭和六〇年以後は、その是正措置を講じることが緊急性をもって求められていたし、又これが可能であったというべきであるから、本件配分規定の改正が国会の裁量的権限に係るものであることを考慮しても、国会が右不平等状態を回避、是正する何らの措置を講じなかったことが、その許される限界を超えているものと判断せざるを得ない」(原判決二二丁表五行目ないし裏二行目)と判示した。

三 本件選挙当時における合理的期間の経過について

1 原判決は、右のような事実を認定した後、結局、昭和六〇年をもって本件配分規定が憲法上の投票価値の平等の要求に反し、是正を要することとなったとして、これを是正のための合理的期間の起算点とした。

よって検討するに、右二で述べたように、原判決は、国勢調査又は住民基本台帳に基づく昭和六〇年一〇月及び昭和六一年の選挙区間の議員一人当たりの人口の最大較差がそれぞれ約6.03倍、約6.01倍であるとしている。しかし、本来、投票価値の平等の判断は各選挙区の選挙人数と配分議員定数との比率を基準とすべきである(衆議院昭和五一年判決)ところ、前記「選挙人名簿登録者数の概数」によれば選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差は昭和六〇年九月に5.77倍であり、前記のとおり昭和六一年七月の参議院議員選挙時においては5.85倍であった。そうすると、原判決の説示は、その前提において正確性を欠く。

そればかりでなく、右昭和六〇年より後の昭和六一年七月に施行された参議院(選挙区選出)議員の選挙の当該選挙当時における選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差が5.85倍であったことにつき、参議院昭和六三年判決は、「選挙区選出議員の議員定数の配分と選挙人数に右のような不均衡が存したとしても、それだけではいまだ違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするに足りない」と判示している。また、平成元年七月に施行された参議院(選挙区選出)議員の選挙の当該選挙当時における選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差が6.25倍であったことにつき、前掲東京高等裁判所平成元年一〇月二五日判決及びその上告審判決である最高裁判所平成二年四月二〇日第二小法廷判決は、本件配分規定を違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態があったとはしていない。このように、原判決が本件配分規定が違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至ったとする昭和六〇年より後の昭和六一年七月施行の参議院(選挙区選出)議員の選挙当時の較差が合憲とされ、さらに、その後の平成元年七月施行の参議院(選挙区選出)議員の選挙当時の較差についても違憲とされていない。そうすると、合理的期間の起算点を昭和六〇年とする原判決は、この点のみをもってしても、本件配分規定の合憲性判断における憲法の解釈、適用を誤ったことが明らかである。

2 最高裁判所昭和五八年一一月七日大法廷判決・民集三七巻九号一二四三ページ(以下「衆議院昭和五八年判決」という。)は、人口の異動により選挙区間における議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差拡大が生じた場合における是正のための合理的期間の経過の有無を判断するに当たり、「選挙区間における議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差が憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に達したかどうかの判定は、前記のとおり、国会の裁量権の行使が合理性を有するかどうかという極めて困難な点にかかるものであるため、右の程度に達したとされる場合であっても、国会が速やかに適切な対応をすることは必ずしも期待し難いこと、人口の異動は絶えず生ずるものである上、人口の異動の結果、右較差が拡大する場合も縮小する場合もありうるのに対し、議員定数配分規定を頻繁に改正することは、政治における安定の要請から考えて、実際的でも相当でもないこと」などが考慮されるとしている。右の判示は、衆議院議員の選挙制度についてされたものであるが、人口比例主義を基本とする衆議院議員の定数配分規定の是正について右説示が尊重されなければならないから、一定の限度で人口比例主義が譲歩、後退する参議院(選挙区選出)議員の定数配分規定の是正については、一層右説示が尊重されるべきである。

また、参議院(選挙区選出)議員については、衆議院議員とは異なる代表性格を持たせるために、立法政策として、選挙区割や議員定数の配分をより長期にわたって固定し、国民の利害や意見を安定的に国会に反映させる機能を持たせることも許容される(参議院昭和五八年判決)ことにも留意しなければならない。

さらに、衆議院議員の定数配分規定の合憲性が争われた訴訟の最高裁判決のうち、定数配分規定が違憲状態にある場合において、憲法上要求される合理的期間内にその是正がされたか否かの判断が示された事例を簡単にみてみると、①衆議院昭和五一年判決は、昭和四七年一二月施行の選挙に関して、昭和三九年の是正から八年余の期間の経過につき合理的期間が経過したとし、②衆議院昭和五八年判決は、昭和五五年六月施行の選挙に関して、昭和五〇年の是正から五年弱の期間の経過につき合理的期間が経過していないとし、③最高裁判所昭和六〇年七月一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇ページは、昭和五八年一二月施行の選挙に関して、昭和五〇年の是正から八年余の期間の経過につき合理的期間が経過したとし、④最高裁判所平成五年一月二〇日大法廷判決・民集四七巻一号六七ページは、平成二年二月施行の選挙に関して、昭和六一年の是正から約三年七か月の期間の経過につき合理的期間が経過していないとしている。このように、人口比例主義を基本とする衆議院議員の選挙において合理的期間が経過したとされたのは、いずれも八年余を経過した事案であるが、本件選挙は、参議院昭和六三年判決によって本件配分規定が違憲状態に至っていないとされた昭和六一年七月施行の参議院(選挙区選出)議員の選挙から六年を、前掲最高裁判所平成二年四月二〇日第二小法廷判決によって本件配分規定が違憲状態にあったとはされなかった平成元年七月施行の参議院(選挙区選出)議員の選挙からは三年を経過したにすぎない。

しかも、右平成元年七月施行の参議院(選挙区選出)議員の選挙当時の各選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差が6.25倍であり、本件選挙時である平成四年七月当時のそれが6.59倍であって、その間に最大較差がとりたてて顕著に拡大したということもできない。ちなみに、平成二年一〇月一日に国勢調査がされたが、同年一二月に発表された速報値及び平成三年一一月に発表された確定値に基づく各選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差は、いずれも6.48倍である。

以上の諸点を考慮すれば、仮に本件配分規定が本件選挙当時に憲法の要求する投票価値の平等に反する状態に至っていたとしても、憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったということは到底できない。

しかるに、原判決は、これら人口異動の可変性、政治の安定の要請、参議院(選挙区選出)議員の地域代表的性格など是正のための合理的期間を論ずる上で考慮すべき諸般の事情を考慮することなく判断しているから、憲法四一条、四三条二項、四七条の解釈、適用を誤ったといわなければならない。

四 原審の原告代理人によるシミュレーションについて

なお、原判決は、本件配分規定が憲法上要求される合理的期間内に是正されなかったと認定するに当たり、原審原告代理人が提示したシミュレーションの「第二及び第三によれば、選挙区数四七、総定数一五二、各選挙区への偶数配分という現行参議院選挙区選挙の枠組みを何ら変更することなく、議員一人当たりの選挙人数の最大較差を3.56倍ないし3.63倍に縮小することが可能である(中略)から、参議院選挙区選出議員選挙の仕組みが投票価値の完全な平等を図ることの障害になってはいるものの、これをもって国会が本件配分規定の改正をしなかったことの合理的な理由にはなりえない」(原判決二一丁裏四行目ないし一一行目)と判示している。

しかし、原審の原告代理人による右シミュレーションは、その内容の当否はさておくとしても、これらは正に一つの可能な立法論であるというにとどまり、かかる方式が存在するからといって、選挙制度の決定について広範な裁量権を有する国会が本件配分規定を是正しなかったことを直ちに違憲、不当と断ずることはできない。

五 結語

以上の次第であって、憲法上要求される合理的期間内に本件配分規定につき是正が行われなかったとする原判決には、憲法一四条一項、四三条二項、四七条の解釈、適用の誤りがある。

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